民主党本部に要望書

名古屋市長選:伊藤氏の早期推薦、民主党本部に要望書
 4月の名古屋市長選を巡る民主党推薦問題で、党名古屋市議団は3日までに、党愛知県連が推薦を決めている愛知県弁護士会の元副会長、伊藤邦彦弁護士(55)を、早期に党推薦候補とするよう求める要望書を党本部に提出した。小沢一郎代表に地元をまとめるよう指示を受けている同党の河村たかし衆院議員(60)=愛知1区=に対抗する狙いとみられる。

 県連は先月26日の幹事会で、市議団が推す伊藤氏を推薦候補とすることを了承。しかし席上、河村氏も出馬の意向を表明したことから、党本部は27日の常任幹事会では判断を先送りしていた。

 党関係者によると、要望書は2日、同党の県選出国会議員団長の佐藤泰介参院議員を通じて党本部に提出した。県連が決めた伊藤氏の推薦決定を追認するよう求めたうえ、候補者が決まらない状態が続けば次期衆院選にも影響を及ぼす可能性がある--とする内容。河村氏については触れられていないという。

 4日には事態収拾のため、東京で国会議員団会議が開かれる。河村氏が出席した場合には、出馬を断念するよう他の議員が説得するとみられる。【影山哲也】

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自民党の菅義偉選挙対策副委員長は1日、フジテレビの番組で、日本銀行券のほかに政府自ら「政府紙幣」を発行し、景気対策を進めるべきだという考え方が一部の学者などにあることについて「非常に興味を持っている。100年に1度の危機の中では一つの政策だと思う」と前向きな姿勢を示した。「(政府紙幣を)やることによって輸出産業が一息つくと思う。検討することはあっていい」とも語った。

 政府紙幣を発行すれば、財源を心配せずに景気を刺激できる一方、通貨が信用を失い急激なインフレを招くおそれがあるとの批判がある。

— posted by サイト管理者 at 03:07 pm  

米企業の決算発表

年末から年始にかけての日本株は上昇し、日経平均は一時9,000円台を回復する展開となった。米景気対策への期待を背景とした米株高が支援材料となった。為替市場で円安ドル高が進んだこともあり、売り込まれていた輸出関連企業への買い戻しが指数の押し上げにつながった。ただし、年末年始の薄商いの中、期待のみで上昇した面は否めず、先週末にかけて米株が下げに転じると利益確定売りが上値を抑制した。

 米国株式相場は「行って来い」の展開となった。年末から自動車業界に対する支援策決定や、オバマ次期政権による景気対策への期待を背景に上昇し、年明けにダウ平均は一時9,000ドル台を回復した。

 自動車業界に対しては、TARP(不良資産救済プログラム)を利用した大手メーカー2社への支援(12/19)のほか、その汎用化である自動車産業金融支援プログラム(12/31)が発表された。また、景気刺激策については7,750億ドル規模となり、うち3,000億ドル程度が減税に充てられる方向である。

 ただし、先週半ば以降は12月のADP民間雇用者数の大幅減(1/7)やハイテク大手の慎重な収益見通しなどから景気や企業業績悪化の深刻さが意識され、利益確定売りも出て上げ幅は縮小した。先週末から今週初にかけても、12月の雇用統計(12/9)などが悪材料となって続落し、年始にかけての上昇はほぼ相殺された。

2 見通し:景気や企業業績の悪化が意識され、上値重い
 今週の日本株は米株や為替にらみで主体性の乏しい相場展開が続こう。海外投資家は一時期に比べ売り圧力が弱まっているが、景気に対する見方が弱い中で、景気敏感と捉えられている日本株を積極的に買うことはないであろう。むしろ、相場の戻り局面では解約を凍結していたヘッジファンドによる凍結解除をにらんだ売りが増える可能性がある。国内経済指標も急速に悪化しているなか、為替が円高に振れれば再び輸出関連株への売り圧力が強まることになろう。

 米国株式相場は、上値の重い展開を予想する。今月20日のオバマ大統領就任を控え、引き続き景気対策への期待が相場を下支えることから、目先は大幅に株価が下落することはなさそうだ。ただし、昨年の減税で殆ど効果がみられなかったこともあり、規模の大きさだけを捉えて楽観論が広がるとも考え難い。10~12月決算発表への警戒感に加え、今週も12月の小売売上高(1/14)や1月のNY・フィラデルフィア連銀景況指数(共に1/15)など経済環境の厳しさを示す指標の発表が続くため、上値は抑制され易いとみている。

3 注目点:米企業の決算発表
 今週は米国企業の10~12月期決算発表が本格化するが、経済指標が急激に悪化している中で、決算に対する警戒感も強まっている。先週末から今週初の米株市場では主要企業のなかで最も決算発表の早いアルコアの決算発表(12/12)に対する警戒感が売り材料となったが、実際に発表された決算は6年ぶりの赤字であった。

 今年の業績見込みのみならず、来年の業績見通しも下方修正が続いており、先行きの業績に対して慎重な見通しが続けば、株価の上値を抑制する要因となろう。また、月末にかけては国内主要企業の決算発表も控えており、業績に関するネガティブな報道や為替動向も注目され易いであろう。

4 ズバリ:今週の予想レンジは 予想レンジ TOPIX 770~870pts. 日経平均 8,000~9,000円 米国の景気刺激策
 報道によれば、オバマ次期政権と新議会は7,750億ドル程度(米ウォール・ストリート・ジャーナル、2009/1/5)の大規模な景気対策を打ち出す模様である。景気刺激効果の表れ方や共和党議員の賛同の得られやすさの点から、これまで伝えられていた「公共事業」に加えて「減税」が組み込まれる方向となっている。その規模は総額3,000億ドルで、うち所得減税が1,500億ドル相当と報じられた。

 これは、過去のブッシュ減税(2001/02=1,740億ドル、2004/05=2,310億ドル、2008=1,680億ドル)と比べても巨額であり、仮に7~9月期に1,500億ドルの減税が実施されれば、実質GDPを前期比年率6%程度押し上げると試算される。ただし、昨年の減税は貯蓄や負債の返済などに回った分も多かったとみられ、予想されていたほどの政策効果は現れなかった。

 一方、次期政権は2年間で300万人の雇用(労働力人口の2%相当)を回復するとしており、これは規模でいえばGDP比5%相当に達する。仮に減税が家計の貯蓄や企業の内部留保に消えても、公共事業(真水)だけでGDP比3%近い大きさとなる。政策効果についての見方は分かれているが、当面はこうした景気刺激策への期待が相場の下支え要因となる可能性が高い。

— posted by サイト管理者 at 07:28 pm  

横浜市内で生まれ育った

大きな爆音とともにスピードメーターの針が振れる。盗んだバイクの部品をいじり、エンジンをかければどこにでも行けた。ガソリンがなくなれば捨て、悪いことと知りながら、また別のを盗んだ。バイクと一緒にいる時だけ、嫌なことを忘れられた。数年前まで、そんな生活だった。

 横浜市内で生まれ育った少年(18)は、両親に服を買ってもらったり、小遣いをもらった記憶がない。厳しい両親だった。朝夕の洗濯や食事の後かたづけは自分の役目。「ほかの家の子ならよかったのに」。そのうち食事も作らされた。

 15歳のころ。たびたび外出していた母が突然、家から姿を消した。父の言葉が追い打ちをかけた。「そんなばかな高校を受けず、働いて家から出ていけ」

 不良仲間に誘われるままバイクを盗み、非行を繰り返した。16歳まであと1カ月のある日、警察に捕まった。初犯のため処分に至らず、父母のどちらの元に帰りたいかを問われ、迷わず「お母さんの所」と答えた。引き取りに来た母は優しげに見えた。でも、職員に呼ばれた母の名字は違っていた。既に別の男性と再婚していた。

 母と義父との生活はつかの間、うまくやれた。しかし、ふとしたきっかけで戸籍の名字を2人と一緒にしてもらえていないと知った。「『家族』にはしてくれないのか」。怖くて母に理由を聞けぬまま、2人との食卓を避けるようになった。自室にこもり、コンビニ弁当で空腹を埋めた。

 「家にいちゃいけない。いられない」。昔の仲間に連絡を取り、以前の生活が再び始まった。いつも夜中の帰宅。母は、無言で家のドアを開けてくれるだけになった。06年10月、盗んだバイクで家に向かおうとして2度目の逮捕。少年院送致の処分が下った。

 「こんなことして、ごめん」

 栃木県の少年院の一室で毎月、母に手紙を書いた。ボールペンで便せん2~3枚を埋めては何度も書き直した。でも、返信は一度もなく、面会にも現れなかった。院内での作業中、職員が誰かの名前を呼ぶと「ああ、面会だな」と思い、うらやましかった。父に続き、母も遠くなった。あれほど離れたいと思っていた「自分の家」が、思わぬ形でなくなった。「見捨てられちゃった」。そう感じた。

 そこでの1年半は一度の規則違反もなく過ごした。昨年5月に出所。「一人で頑張って生きろ」と入所中に励ましてくれた担当職員が、泣いて見送ってくれた。身寄りのない少年たちを受け入れる東京都内の更生保護施設に身を寄せた。

 最近、都内のアパートで1人暮らしを始めた。カーテンもない4畳半。テレビには新しく見つけた友人と写した「プリクラ」が数枚。不良仲間と連絡を取るのはやめた。毎日、ハローワークで見つけた塗装の仕事から帰宅した後、保護司がくれた炊飯器で温かいご飯を炊く。

 日付が09年に変わった直後、新年を祝うメールが5通ほど携帯電話に届いた。だが、出所後も母からの連絡はない。古い携帯に残る番号は、もうつながらない。「働いて貯金して、ちゃんとした姿を見せたい。そしたら許してくれるかな」。いや、きっと……そんな気がする。その時、もう一度ペンを執ろうと思っている。

— posted by サイト管理者 at 02:57 pm  

熊本籠城中の惨状

政治的意義

[編集] 官僚制の確立
官僚制が確立した。


[編集] 内務省主導政治の始まり
太平洋戦争による敗戦を経ても現代でも続く、長州藩閥の影響による内務省族主導の政治体制が始まった。


[編集] 軍事的意義
徴兵制による国民皆兵体制が定着した。士族を中心にした西郷軍に、徴兵を主体とした政府軍が勝利したことで、士族出身の兵士も農民出身の兵士も戦闘力に違いはないことが実証された。政府軍は勝利の原因が、近代的装備、火力、通信手段、指揮能力の違いにあったことを正しく把握していた。西南戦争後の軍の近代化路線では、徴兵を基盤とした常備軍を置き、装備統帥の近代化を追求する路線に変更はなかった。

一方で、兵力と火力に勝っていながら、鎮台兵は戦術的戦闘ではしばしば西郷軍の士族兵に敗北した。兵士の戦意、士気の問題は政府軍にとって解決すべき課題であった。西南戦争の教訓から、徴兵兵士に対する精神教育を重視する傾向が強まった。西郷軍の士気が高かったのは西郷隆盛が総大将であったからだと考え明治政府は、天皇を大日本帝国陸軍・海軍の大元帥に就かせて軍の士気高揚を図るようになった。


[編集] エピソード

[編集] 西郷南洲と十年役
当時、此薩摩の暴動に付いては、西郷が加つて居るか居らぬかと云ふことは、一の疑問であつた。現に大山すらも「西郷は決して加つて居らぬ」と云ふものだから、一般の人も「大山がああ云ふのであるから、西郷は加つて居らぬ。」と云ふたものであつたが、私は、「いや、そうでない。西郷はくみする考はなくとも、是迄の情報に於いては、外のものが必ず漕ぎ出すに違ひない。」と云ふた。[5]


[編集] 西郷先生の徳
熊本県、士農工商に至るまで、此節は薩兵を慕ふが如き有様にて、万事不都合の義、毛頭無し。西郷先生之徳、万世に輝きたるものに候。[6]


[編集] 熊本籠城中の惨状
籠城が久しくなるに従って、糧食は減つて来る。煙草も尽きて来る。谷子爵の当時の苦衷と云ふものは、共に籠城した余等でなければ、到底想像だも出来ないであろうと思はれる。其所で、子爵は、幹部は、戦闘線に出なくともいいのであろうからと云ふので、余等一同は、栗の粥を啜り、砲弾で死んだ軍馬の肉を、是幸いと取って煮染にして喰ふ。……[7]


[編集] 西郷軍の敵丸収集
・其の日(三月十八日)正面軍の密使、福田丈平、植木より至る。其君に曰く、賊軍、弾丸己に欠き、村民をして、我軍の射る所を、取拾せしめ、1箇二厘五毛の償を以つて之を買ふ。然れども、唯、其券を与ふるのみ。之を請求するも賠償せず。衆乃其詐欺を知り、今復之を拾はずと。[8]


[編集] 古番峠
古番峠は、八代を距ると、約五里、球摩八代両郡の交界にして、四顧皆山路、極めて険階、所謂一夫之を扼すれば、万卒も過る能はざるもの。面して隻賊の守るなし。我兵一丸を費さずして之を踰え、山口村に至る。村中僅に十戸許、皆山根に行き、渓水を汲て飲料とす。地に米穀を産せず、芋裨の類を以て食とす。実に山間の孤村なり。[9]


[編集] 起死回生
是より先、戦死者を収拾するに方り、一兵卒其の隻眼を銃射せられ、八日間晶外に外れ、絶えて飲食せず、能く生命を保てりと。今、之を病院に致す、口言ふこと能はず、唯目を開きたるのみ。 官急に鶏卵を火酒に加へて之を飲ましめ、蘇せりと。[10]


[編集] 猪俣勝三
是日(7月1日)伍長代理猪俣勝三、坪屋村の炊事所に在り。高畑山巳に敗るると雖ども、未だ炊事所を移すの命を受けず、乃ち炊具を収めて命を待つ。而して隊長は、谿を下り、岡許に退さしを以て、其命を伝ふるに暇あらず、賊は巳に坪屋に乱入す。猪俣遂に害に遭ふ。人其能く職を守ってするを嘆惜す。[11]


[編集] 薩軍困苦を極む
賊の降伏日に夥しく、手負人等の咄にも、賊軍の困苦を語らざるはなし。伊集院某は、45日前、都城より帰り来り某困しみしを語るに、4日間、イチゴと草木の葉とを喰ひ、或は土をも喰たる由。其他、竹内金次郎も先日走り帰りて、語るにも、小銃の弾丸は樫木を用る等、実に困難を極めたりと云。[12]


[編集] 牙営に三味線と婦人の駒下駄
・薩将辺見十郎太が、先鋒隊を掲げて、可愛岳の官軍を突いたときは、時恰も18日の昧爽、官軍守兵の交替期で、其時、守兵の混乱雑踏と云ふものは、殆ど形容することが出来ぬ。而して辺見が、獅子奮迅の勢で、絶壁を飛下り、萱原の中を飛び越え、大喝一声、電光石火の如く、官軍の牙営(第一旅団、第二旅団)に斫り込んだ勢に辟易して、官軍は皆四散し、牙営に在つた三好少将や野津少将は、周章狼狽、措く所を失つて逃げた。其醜態と云ふものは、実に見るに忍びざる有様で。我等が辺見に従つて、牙営に入つたときには、種種の遺棄品も多くあつたが、一寸、吾人の目を惹いたものは、三味線と婦人の駒下駄であつた。是は正しく官軍の牙営にあつたものである。[13]

参考にしてください。

— posted by サイト管理者 at 06:12 pm  

ペルー熱帯地方

サツマイモ(薩摩芋、または甘藷:かんしょ、学名: Ipomoea batatas L.)は、ヒルガオ科サツマイモ属の植物。あるいはその食用部分である塊根(養分を蓄えている肥大した根)。別名に、甘藷(かんしょ)、唐芋(からいも、とういも)、琉球藷(りゅうきゅういも)。仲間に、アサガオやヨウサイ(アサガオ菜)がある。

目次 [非表示]
1 概要
2 栽培
2.1 栽培法
2.2 品種
2.3 別名・地方名
3 産地
3.1 世界
3.2 日本
4 日本列島におけるサツマイモの歴史
5 食
5.1 栄養価
5.2 調理法
6 原料・飼料としての利用
6.1 デンプン
6.2 砂糖
6.3 焼酎
6.4 飼料
7 文化
8 関連項目
9 外部リンク



[編集] 概要
花はピンク色でアサガオに似るが、短日性であることから本州ではあまり開花しない(九州や沖縄では開花する)。このため、種子を効率よく取るためにはアサガオに接木して短日処理する必要がある。

中米原産とされる作物で、これを主食とする地域もある。また、若い葉と茎は一部地域で野菜として食用にされる。

もともとは南アメリカ大陸、ペルー熱帯地方から東南アジアに導入され、そこから中国を経て沖縄、九州、本州と伝わった外来植物で、日本から対馬を経て朝鮮半島へも伝わる。

このため中国(唐)から伝来した沖縄や九州では唐芋(奄美諸島では例外的に薩摩芋)、沖縄(琉球)から伝来した北部九州では琉球藷、九州から伝来した本州では薩摩芋と呼ぶ。

英語のスイートポテト (sweet potato) でも知られるが、日本では単にスイートポテトと言うとサツマイモ料理の一つを指すことも多い。北米では「ヤム」 (yam) とも呼ばれるが、これは、黒人奴隷が、故郷のアフリカで栽培されていたヤムイモと同じ名で呼んだからである。

一部の種類はイポメアの名で観賞用に栽培される(「イポメア」はサツマイモ属そのものを指すので、本来は不正確である)。この種類からもイモは取れるが、鑑賞目的で選抜されたためにイモの味は食用のものには劣る。


[編集] 栽培

[編集] 栽培法
サツマイモは繁殖能力が大変高いうえに、痩せた土地でも育つため素人でも比較的育てやすく、江戸時代以降飢饉対策として広く栽培されている。茎葉を土に挿し、不定根を発生させて繁殖、栽培する方法が一般的である(種から発芽させる方法もあるが、アサガオのようにつるを伸ばして生長するためイモはあまり取れない)。

春に苗を植え付け、晩夏から秋にかけて収穫する(暖地の場合)。また、肥料を与えすぎると、葉や茎が栄養を吸いすぎて育ちすぎる。そのため、根があまり成長せず、収穫が少なくなることもある。苗が植物ウィルスに感染すると収量低下を起こすため、ウィルスフリー苗が利用される事もある。

確認できております。

— posted by サイト管理者 at 11:18 am  

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